東京高等裁判所 平成9年(行ケ)53号 判決 1997年10月16日
東京都新宿区早稲田鶴巻町540番地
原告
株式会社ジャパンサイエンスプランニング
同代表者代表取締役
日笠紀郎
同訴訟代理人弁護士
井上猛
同
弁理士 富田徹男
東京都品川区北品川6丁目7番35号
被告
ソニー株式会社
同代表者代表取締役
出井伸之
同訴訟代理人弁護士
鳥海哲郎
同
梅野晴一郎
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成6年審判第20049号事件及び平成6年審判第21806号事件について平成9年1月28日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、指定商品を平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表第11類「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)、電気材料」とし、「COMPU-TAINMENT」の欧文字と「コンピューテインメント」の仮名文字とを二段に横書きしてなる登録第2348858号商標(昭和63年10月18日登録出願、平成3年11月29日設定登録)、及び、指定商品を上龍商標法施行令別表第26類「印刷物、写真」とし、「COMPU-TAINMENT」の欧文字と「コンピューテインメント」の仮名文字とを二段に横書きしてなる登録第2367224号商標(昭和63年10月18日登録出願、平成3年12月25日設定登録)の商標権者である。なお、上記2件の商標を以下「本件各商標」という。
被告は、商標法50条1項の規定に基づき、平成6年12月1日、登録第2348858号商標の登録を取り消すことについて審判を請求し(平成7年3月28日登録)、平成6年12月28日、登録第2367224号商標の登録を取り消すことについて審判を請求した(平成7年4月4日登録)。
特許庁は、登録第2348858号商標に関する請求を平成6年審判第20049号事件として、登録第2367224号商標に関する請求を平成6年審判第21806号事件としてそれぞれ審理した結果、平成9年1月28日、「登録第2348858号商標の登録は、取り消す。」「登録第2367224号商標の登録は、取り消す。」との審決をし、その各謄本は、同年3月10日原告に送達された。
2 審決の理由
別添各審決書写し記載のとおりであって、その要旨は、被請求人(原告)が、本件各審判請求の登録前3年以内に本件各商標をその指定商品について使用しなかったことにつき、商標法50条2項ただし書にいう「正当な理由」があるものとは認められないと判断し、本件各商標の登録を取り消すべきものとしたものである。
3 審決を取り消すべき事由
本件各審決の理由1、2、3(ただし、被請求人(原告)は、原告の経済的破綻及びそれに続く混乱が、原告の責任や注意義務違反で生じたものではないことも明確に主張している。)は認める。同4のうち、原告が本件各商標を指定商品に使用していなかったことは認めるが、その余は争う。
原告の本件各商標の不使用につき、商標法50条2項ただし書の「正当な理由」がないとした審決の判断は、以下述べるとおり誤りである。
(1)<1> 原告は、昭和63年以降、東京都などから直接の発注を受けて、各種イベントの調査や製品提供の企業活動を行い、平成2年に新日本製鉄株式会社からの受注として、北九州市に「スペースワールド」をオープンし、また、同社や大塚製薬株式会社から各種の発注を受けて好評であった。
さらに、東京都による臨海埋め立て地での博覧会開催の決定を受け、東京フロンティア協会の主催による東京都市博覧会が予定されたので、原告は、平成4年から同5年にかけて、コンピューターネットやゲームを中心として「コンピュテイメント」ランドを設計し、同協会に対しそれを売り込む予定を立てた。そして、それらのために本件各商標の登録を取得した。
原告は、具体的な新商品開発に基づき本件各商標を使用する計画を立て、売り込みを行おうとしていたが、上記博覧会が中止され、また、原告において、平成5年10月頃に資金繰りが苦しくなって、同年12月24日に和議開始の申立(東京地方裁判所平成5年(コ)第31号)をしたが、それと前後して、従業員27名中の24名が退職するという会社内の紛争が発生し、受注している作業すらままならない状態が続いた。そして、平成5年12月28日に和議開始前の保全処分決定(東京地方裁判所平成5年(モ)第82484号)を受けたため、企業として商品開発の作業は不可能となった。
原告は、平成6年11月1日に上記和議開始の申立を取り下げ、新しい商品開発を行うこととし、本件各商標を使用する別の計画を立てており、すでに多数の画像データを所有していて、人的な余裕ができれば新たな商品開発は可能であったが、上記取下げの日時から本件各審判請求の登録がなされた日まで短時日しかなかったため、本件各商標を使用できる状態にはなっていなかった。
上記のとおり、原告としては、本件各商標を使用する予定であったが、それが不可能であった。
<2> 商標法50条2項ただし書には、登録商標の不使用につき、単に「正当な理由」とのみ規定されていて、それがどのようなものであるかについては規定されていない。したがって、この「正当な理由」には、文言上、経済上・経営上の理由を除外すべき根拠はないものと解される。そうだとすると、(a)不使用の理由である経済的・経営的危機について、商標権者、専用使用権者または通常使用権者(以下「商標権者等」という。)に故意・過失がないこと、(b)経済的・経営的危機が発生した後で、その商標を使用しようとしても不可能な状況が続き、それに相当の理由があって商標権者等に故意・過失がないこと、(c)商標権者等が法人である場合には、その法人の代表者、その他の事実上経営につき責任を総括する者が上記の点につき故意・過失がないことの3要件を満たした場合には、「正当な理由」を満足するものと考えられる。
本件において、本件各商標の不使用の理由である経済的・経営的危機について、原告代表者に故意・過失はなかったものというべきであり、また、原告の経営悪化に基づく従業員の大量退職がなければ、その給与を捻出するためにも相当の商品開発をする必要があり、画像データを蓄積しているなど、本来その商品開発能力も有していたのであるから、本件各商標の不使用は予見不能な外的理由で引き起こされたものというべきである。
<3> 以上のとおりであって、本件各商標の不使用は、商標法50条2項ただし書の「正当な理由」がある場合に該当するものというべきである。
(2) 仮に、上記(1)の主張が理由がないとしても、少なくとも和議申立に伴う保全処分の効果が存続中は、上記「正当な理由」があるものとすべきである。
<1> 学説や審決例は、法人が清算中の期間に登録商標を使用しなかった場合には、解散原因の如何にかかわらず、上記「正当な理由」があるとしている。したがって、解散した原因が何であれ、解散を原因とする清算中の法人については、登録商標の不使用につき、すべて正当理由があるとの一般的命題を是認しているものと解される。すなわち、自らの責めに帰すべき経営危機に瀕した結果、自らの意思(総会の決議)で解散して清算法人となった場合でも、清算期間中の登録商標の不使用については正当理由があることになる。
しかして、清算中の法人に解散原因を問わず、上記のとおり一律に正当理由を認める本質的根拠は、解散という法的事態が発生した結果として、登録商標を使い得るチャンスが事実上必然的に激減せざるを得ないのであるから、その法人に対して登録商標の使用を要求するのは酷である、という点にあると考えられる。
そうだとすると、商標を使い得るチャンスが事実上必然的に激減せざるを得ない、というような法的事態が発生した場合には、解散の場合に限ることなく、登録商標の不使用につき正当理由を認めるべきである。
<2> 原告が平成5年12月24日にした和議開始前の保全処分申立(東京地方裁判所平成5年(モ)第82484号)につきなされた保全処分の要旨は、「債務者(原告)は、あらかじめ当裁判所の許可を得た場合を除き、平成5年12月28日以前の原因に基づいて生じた一切の金銭債務(租税債務、賃金債務、電気・ガス・水道・電話・通信料を除く)の弁済及び担保提供、金銭の借入れ(手形の割引を含む)をしてはならない。」というものであって、原告に対し、企業活動の禁止や商標の使用の禁止を命ずるものではない。
しかし一般に、既存債務の弁済・担保提供及び新規営業資金の調達ができなくなれば、当然、正常な事業の遂行は不可能となる。つまり、上記保全処分という法的事態の発生により、本件各商標を使い得るチャンスが事業上必然的に激減せざるを得ない状態となったのであるから、これに本件各商標を使用せよというのは酷である。
したがって、解散による清算中における登録商標の不使用につき正当理由が認められるのと同様の理由により、和議開始前の保全処分が効力を有する期間中においても、正当理由があると認められるべきであり、原告の本件各商標の不使用期間のうち、少なくとも保全処分が効力を有していた期間である、平成5年12月28日から平成6年11月1日(和議申立の取下げに伴い、保全処分決定が効力を失った日)までは、本件各商標の不使用につき「正当な理由」があるものというべきである。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1、2は認める。同3のうち、原告がその主張日時に、和議開始前の保全処分決定を受けたこと、和議開始申立を取り下げたことは認めるが、その余の事実関係は不知。原告が本件各商標を使用しなかったことについて、商標法50条2項ただし書の「正当な理由」がある旨の主張は争う。
審決の判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
特許法50条2項ただし書の「正当な理由」がある場合とは、法令による使用禁止その他不可抗力的な極めて例外的な場合に限られる。
原告が本件和議開始を申し立てた具体的理由は明らかではないが、経営の悪化であれ、会社の内紛であれ、これらは原告自らの責任に基づくものであって、不可抗力でもないし、その責めを第三者に帰し得るものでもないことは明白である。
したがって、自らの責めに帰すべき資金繰りの悪化であるとか内紛であるとかの原因に基づき、本件各商標の使用が困難になったからといって、これを原告の責めに帰することが社会通念上酷であるとは到底いい得ない。
また、和議開始決定後であっても、原告は、財産管理処分権の一態様として商品開発等の企業活動に従事し得るのであって、裁判所の命令等の公権力の行使によって商標の不使用が強制されるようなことは一切ないのである。
仮に、本件和議開始申立後、原告において商品開発や企業活動の遂行に事実上の困難が生じたことがあったとしでも、それは、本件和議開始申立及び和議開始前の保全処分申立の事実とは何ら因果関係がなかった。つまり、和議開始申立後、原告の企業活動が停止したとしても、それは、和議開始申立前より、原告が、和議を申し立てる程の極めて切羽詰まった経営危機にあったことの結果なのであって、和議開始の申立のもたらした法律上の効果ではないのである。
上記のとおりであって、原告の本件各商標の不使用に正当理由は何ら存しない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求の原因1、2の事実、及び、本件各審決の理由1ないし3については、当事者間に争いがない。なお、審判手続における原告の主張内容に関して、原告は、原告の経済的破綻及びそれに続く混乱が、原告の責任や注意義務違反で生じたものではないことも明確に主張している旨指摘しているが、成立に争いのない甲第1号証及び甲第2号証によれば、原告の上記主張の趣旨は本件各審決の理由中に摘示されているものと認められる。
2 原告が、本件各商標の登録取消審判請求の登録日(登録第2348858号商標の登録については平成7年3月28日、登録第2367224号商標の登録については平成7年4月4日)前の3年以内に、本件各商標をその指定商品に使用しなかったことは当事者間に争いがないところ、原告は、本件各商標の不使用について、商標法50条2項ただし書にいう「正当な理由」がある旨主張するので、この点について検討する。
(1) まず、原告は、平成5年10月頃に資金繰りが苦しくなって、同年12月24日に和議開始の申立をしたが、それと前後して、従業員27名中の24名が退職するという社内の紛争が生じて、受注している作業すらままならない状態が続き、また、同年12月28日に和議開始前の保全決定処分を受けたため、企業として商品開発の作業が不可能であったこと、平成6年11月1日に上記和議開始の申立を取り下げ、新しい商品開発を行うこととし、本件各商標を使用する別の計画も立て、すでに多数の画像データを所有していて、人的な余裕ができれば新たな商品開発が可能であったが、上記取下げの日時から本件審判請求の登録日まで短時日しかなかったことを理由として、原告としては、本件各商標を使用する予定であったが、それが不可能であったとしたうえ、本件各商標の不使用の理由である経済的・経営的危機について、原告代表者に故意・過失はなかったものであり、また、従業員の大量退職がなければ、その給与を捻出するためにも相当の商品開発をする必要があり、その商品開発能力も有していたのであるから、本件各商標の不使用は予見不能な外的理由で引き起こされたものというべきで、本件各商標の不使用につき「正当な理由」がある旨主張する(請求の原因3(1))。
<1> 商標法は、「商標権は、設定の登録により発生する。」(書18条1項)として、商標権の成立につき登録主義を採用しているが、商標法1条の規定に照らすと、同法は、使用商標の保護を本来の目的としていて、商標権者が登録商標を使用することを保護の前提としているものと解される。しかして、一定期間登録商標を使用しない場合には保護すべき対象がないものと考えられ、他方、そのような不使用の登録商標に対し排他独占的な権利を与えておくのは、第三者の商標選択の範囲を不当に狭めるなどの不合理があることから、商標法50条の不使用による商標登録の取消審判制度が設けられているものと解される。
上記のとおり、商標法は本来、登録商標の使用を保護の前提としていること、及び、不使用取消審判制度が設けられている趣旨からすると、登録商標の不使用につき商標法50条2項ただし書にいう「正当な理由」があるといえるためには、登録商標を使用しないことについて当該商標権者の責めに帰すことのできないやむを得ない事情があり、不使用を理由に当該商標登録を取り消すことが、社会通念上商標権者に酷であるような場合をいうものと解するのが相当である。
<2> 成立に争いのない甲第5号証、甲第8号証、甲第12号証、甲第13号証、乙第3号証、乙第4号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第3号証、甲第4号証、甲第6号証、甲第7号証、甲第9号証、甲第10号証(裁判所作成部分の成立は当事者間に争いがない。)によれば、原告は、昭和47年11月7日に設立された、コンピュータのソフトウエアの製作、宣伝広告の企画・製作、販売促進材料の製作等を目的とする会社であるが、実際に行っている業務は、コミュニケーション計画の調査・企画立案、映像の企画作成、行事の調査・企画製作・実施、広告代理業務等であること、原告は、金利負担、人件費過重、営業利潤率の低さなどが破産原因であるとして、平成5年12月24日、和議開始の申立をし(東京地方裁判所平成5年(コ)第31号)、同日、和議開始前の保全処分申立をしたこと(同平成5年(モ)第82484号)、同年12月28日、東京地方裁判所は、「債務者(注 原告)は、あらかじめ当裁判所の許可を得た場合を除き、1 平成5年12月28日以前の原因に基づいて生じた一切の金銭債務(租税その他国税徴収法の例により徴収する債務、従業員と雇用関係によって生じた債務、並びに電気・ガス・水道・電話・通信料の各料金を除く)の弁済及び担保提供 2 金員の借入れ(手形の割引を含む)をしてはならない。」などの内容の和議開始前の保全処分決定を発したこと、和議整理委員弁護士沢田訓秀作成の意見書には、「かなり以前から収益性が悪化していたと推測される。金利負担と人件費過重の比率はそれほど高くなく、主たる収益性悪化理由は外注費を中心とする原価管理の怠慢によるところが大である。平成3年3月期以降会社の経営内容が急激に悪化している。バブル景気の終了以降の売上高の低下及び売上原価のアップという外部的要因の悪化に対して、本来は経費の削減、原価管理の強化等の内部体制の強花を図るべきところを、経営管理体制の甘さからその場しのぎの粉飾決算を行い、業績を水増しすることで、銀行から融資を受け、必要資金を調達している内に、経営状態が急激に悪化したものと推測される。」などと記載されていること、和議開始の申立と前後して、従業員27名中24名が退職し、平成6年6月当時の従業員は役員を入れて7名であったこと、原告は、平成6年11月1日、上記和議開始の申立を取り下げたことが認められる(ただし、原告が上記日時に和議開始前の保全処分決定を受けたこと、和議開始の申立が取り下げられたことは、当事者間に争いがない。)。
<3> 上記認定の事実によれば、原告においては、平成3年3月期以降に経営内容が急激に悪化したこと、和議開始の申立と前後して、従業員が退職により激減したことが認められるが、和議整理委員作成の意見書から窺われる経営内容の悪化の原因をも考慮すると、上記のような事情があったからといって、原告が本件各商標を使用しないことについて、その責めに帰すことのできないやむを得ない事情があったものとは認め難く、また、本件各商標の指定商品は、「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)、電気材料」(登録第2348858号商標の分)、「印刷物、写真」(登録第2367224号商標の分)であって、原告が実際に行っている上記業務と具体的にどのような関連性を有しているのか明らかではないうえ、設定登録がなされて(登録第2348858号商標については平成3年11月29日、登録第2367224号商標については平成3年12月25日)以降、本件各商標が上記指定商品に使用されたことを認めるべき証拠もないことをも併せ考えると、本件各商標の不使用を理由に本件各商標の登録を取り消すことが、社会通念上、原告に酷であると認めることはできない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
(2) 次に、原告は、学説や審決例は、法人が清算中の期間に登録商標を使用しなかった場合には、解散原因の如何にかかわらず、登録商標の不使用に「正当な理由」があるとしているとしたうえ、商標を使い得るチャンスが事実上必然的に激減せざるを得ない、というような法的事態が発生した場合には、解散の場合に限ることなく、登録商標の不使用につき正当理由を認めるべきであるとして、原告においては、和議開始前の保全処分決定により、正常な事業の遂行が不可能となり、本件各商標を使い得るチャンスが事実上必然的に激減せざるを得ない状態となったのであるから、原告の本件各商標の不使用の期間のうち、少なくとも上記保全処分が効力を有していた期間である、平成5年12月28日から平成6年11月1日(和議申立の取下げに伴い、保全処分決定が効力を失った日)までは、本件各商標の不使用につき「正当な理由」があるものというべきである旨主張する(請求の原因3(2))。
しかし、法人が清算中の期間に登録商標を使用しなかった場合には、解散原因の如何にかかわらず、商標法50条2項ただし書の「正当な理由」があるとする考え方は、不使用取消審判制度が設けられている趣旨からして当裁判所の到底採り得るところではないし、原告においては、設定登録以降、和議開始の申立までの間においてすでに本件各商標を使用していなかったものであって、和議開始前の保全処分決定を受けたことが直接的な原因となって、本件各商標を使用しないことになったというような事情を認めるべき証拠はない。また、和議開始前の保全処分決定を受けたことが、本件各商標を使用しないことと関連性があるとしても、そのことによって、正当理由があるとすることができないことは上記(1)に説示したところから明らかである。
したがって、原告の上記主張は採用できない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は理由がない。
よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
平成6年審判第20049号
審決
東京都品川区北品川6丁目7番35号
請求人 ソニー株式会社
東京都港区赤坂二丁目11番7号 ATT新館8階
代理人弁護士 鳥海哲郎
東京都港区赤坂二丁目11番7号 ATT新館8階
代理人弁護士 梅野晴一郎
東京都品川区東五反田2-3-3 東五反田AMビル7階 高橋光男国際特許事務所
代理人弁理士 高橋光男
東京都新宿区早稲田鶴巻町540番地
被請求人 株式会社ジヤパンサイエンスプランニング
東京都中央区銀座2丁目11番8号 第22中央ビル 富田徹男特許事務所
代理人弁理士 富田徹男
東京都品川区五反田1-13-12
代理人弁護士 井上猛
上記当事者間の登録第2348858号商標の登録取消審判事件について、次のとおり審決する。
結論
登録第2348858号商標の登録は、取り消す。
審判費用は、被請求人の負担とする。
理由
1. 本件登録第2348858号商標(以下、「本件商標」という。)は、「COMPU-TAINMENT」の欧文字と「コンピューテインメント」の仮名文字とを二段に横書きしてなり、昭和63年10月18日に登録出願、第11類「電気機械器具、電気通信機械器具、電子応用機械器具の(医療機械器具に属するものを除く)電気材料」を指定商品として、平成3年11月29日に設定の登録がなされているものである。
2. 請求人は、結論同旨の審決を求める、と申し立て、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至同第5号証を提出した。
(1)本件商標については専用使用権者、通常使用権者のいずれの登録もなされていない。また、請求人の調査によれば、被請求人が本件審判請求前3年以内に日本国内において本件商標をその指定商品について使用している事実は全く認められない。
よって、本件商標は、商標法第50条第1項の規定に該当し、取り消しを免れない。
(2)なお、請求人の出願した商標「COMPUTAINMENT」(商願平4-154199号)において本件商標を引例とする拒絶理由通知を受け、その後請求人はこれと類似商標「COMPUTAINMENT/コンピューテインメント」(商願平6-121032号)を再度出願中であるから、本件商標を引例とし拒絶を受けることは免れないと判断され、請求人は、本件審判請求につき重大な利害関係を有する。
(3)被請求人は、本件審判の請求の登録前3年以内に日本国内において、本件商標をその指定商品に使用していなかったことを認めている。
(4)しかし、被請求人は、本件商標を使用しなかったことには正当な理由があったと主張している。
商標法第50条第2項但書は、不使用について正当な理由があることを明らかにした場合は、その登録商標は取消を免れることを規定する。
そこで、この正当理由とはいかなる事由を意味するかが先ず問題になる。この点については、「不使用の中にもいろいろの場合が考えられ、特に登録商標の使用をしようとしていた商標権者…がその責めに帰すことができない事由が発生したことのために使用することができなかったに過ぎない場合等のようにその事情がなかったならばその登録商標が使用されていたはずであり、その登録商標の使用がされていたと同視してもよいような特別の事情がある場合も考えられ、このような場合までその登録商標を取り消すことは権利者に酷であるばかりでなく、登録制度の面からも必ずしも適切でないと考えられることによる。したがって、例えば、地震、水害等の不可抗力、放火、破壊等の第三者の故意または過失による事由、法令による禁止等の公権力の発動にかかる事由等がなければ過去3年以内に指定商品…について登録商標の使用がされていたはずであるところ、そのような事由によってその使用が妨げられた場合等がこれにあたると考えられる。しかし、単なる経営不振、商品開発の遅れ、商品の市場性の欠如による不使用は、これには該当しないであろう。」(小野昌延編「注解商標法」(平成6年)734頁参照。)とするのが通説であり、例えば、正当な理由がある場合とは、「商標権者…がその責めに帰すことのできない予見困難な事情によって使用できなかった場合」であるとし、「経営不振、不況、金融引き締め等により製品の開発が遅れ商標の使用ができなかった場合」や「技術的問題、あるいは市場性などの理由から商品化を見合わせている場合」には正当理由が認められないとする(小野昌延「商標法概説」(1989年)275頁参照。)。
(4)被請求人は、正当な理由として和議開始申立事件、保全処分申立事件を挙げているが、被請求人の不使用は、「経営不振…等により製品の開発が遅れ商標の使用ができなかった場合」の一つであり、本件商標不使用について「正当な理由」があった筈がない。平成5年12月28日本件和議開始申立後、同申立が取り下げられた平成6年11月1日まで、被請求人は、「通常の範囲」に属する行為、即ち、商品開発を含む企業活動に当然従事し得たのである。また、保全処分の結果、被請求人が弁済及び借り入れができずに、商品開発に事実上の困難を生じたとしても、それは自らが望んだ結果であり、不可抗力や第三者の故意または過失によるものではなく、本件商標不使用の正当な理由になろう筈がない。
なお、和議に関する被請求人の主張は、平成5年12月28日より平成6年11月1日まで僅々1年弱の期間に関するものに過ぎず、その余の2年強の期間の不使用については、何ら正当な理由を提示するものではない。
したがって、被請求人は自らの責めに帰すべき経営危機に瀕した結果、本件商標を使用できなかったに過ぎないのであり、本件商標の不使用は、不可抗力または第三者による故意過失といった事由に基づくものはなかった。また、被請求人は恰も和議開始申立事件ないしは保全処分申立事件の結果、企業活動、ひいては本件商標の使用が法律上できなかったかのように強弁するが、これは和議法の意図的な曲解ないしは無理解に基づくものと言わざるをえない。
3. 被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求める、と答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至同第6号証を提出した。
(1)本件商標の不使用については認める。
(2)しかし、本件商標の取消審判の請求の登録日は平成6年11月30日であり、その日より3年前の平成3年11月30日より平成6年11月29日までである期間の不使用については、商標法第50条第2項ただし書きの「その登録商標の使用をしていないことについて正当な理由がある」場合に該当し、本件商標は不使用で取消を受けることがない。
この期間の前半においては、被請求人(本件商標権者)は、具体的な新商品開発に基づき、この登録商標を使用する旨計画し、売り込みを行おうとしていたが、この期間の後半、平成5年12月28日に被請求人企業は申立により和議法に基づく裁判所の決定を受け、その請求が取り下げられる平成6年11月1日まで、ほとんど企業活動ができず、本件商標を使用できる状態ではなかったのである。また、同請求の取り下げから本件審判の請求までは僅かに一月足らずであったから、この間に新たに製品開発をして商標を使用することも実質的に不可能であった。
被請求人は、昭和63年以降、東京都などから直接の発注を受けて、各種イベントの調査や製品提供の企業活動を行い、平成2年に北九州市に新日本製鐵からの受注として「スペースワールド」をオープンし、また新日鐵や大塚製薬から各種の受注を受けて好評であった。さらに、東京都による臨海埋め立て地での博覧会開催の決定を受け、東京フロンティア協会の主催による東京都市博覧会が予定されたので、平成4年から同5年にかけて、コンピュータネットやゲームを中心とした「コンピュテイメント」ランドを設計し、同協会に対しそれを売り込む予定を立てた。そしてそのために本件商標を取得した。
しかしこの博覧会は中止され、また、被請求人企業が、その後会社内で紛争が発生し、申立により和議法に基づく資産処分の禁止の決定を受けた(平成5年(モ)第82484号(基本事件平成5年(コ)第31号和議開始申立事件乙第3号証)ため企業として商品開発の作業は不可能となった。この申立は平成6年11月1日に取り下げられたが、この日付は本件審判請求の平成6年11月30日よりほぼ一月前なので、申立の取り下げ以降本件審判請求までの間には、本件商標を使用できる状態にはなっていなかった。以上の経過であるので被請求人は本件商標を使用する予定であったが、それが不可能であった。したがって、本件商標の不使用は商標法第50条第2項ただし書きの「その登録商標の使用をしていないことについて正当な理由がある」場合に該当し、登録商標の取消を受けることはない。
(3)被請求人は、平成5年10月頃に資金繰りが苦しくなり、和議開始申立がなされることになり、それと前後して、従業員が27名中の24名が急に集団退職し、3名になってしまった内紛が生じ、受注している作業すらままならない状態が続いた。
本件商標は、東京都の都市博覧会向けに企画を提案する予定であって、そのために取得したものであるが、開催が危ぶまれ、そのための注文の見込みが薄くなったこと、及び商標権者の企業が和議開始申立後ある程度の業務改善の目途が就いたことから、本件商標を使用する別の計画を立て始めた。本商標権者はすでに多数の画像データを所有しており、人的な余裕ができれば新たな商品開発は可能であったからである。
平成6年11月1日和議開始申立を取り下げ、新しい製品開発を行うこととした。この時期は本件審判請求の前であり、またその後の作業も本件審判請求書の送達(平成7年4月23日前後)前に開始している。ただあくまで事業計画であるのでまだ商標の使用をしていない。
(4)商標法第50条第2項但し書きは、不使用につき単に「正当な理由」とのみ規定されていて、それがどのようなものであるかについての規定はない。したがって、この「正当な理由」には、文言上、経済上・経営上の理由を含むと解される。
a)理由となる経済的・経営的危機について、商標権者、専用使用権者または通常使用権者(以下、商標権者等という。)に故意・過失がないこと。
b)経済的・経営的危機が発生した後で、その商標を使用しようとしても不可能な状況が続き、それに相当の理由があって商標権者等に故意・過失がないこと。
c)商標権者等が法人である場合には、その法人の社長、その他の、事実上経営につき責任を総括する者が上記の点につき故意・過失がないこと。の3要件を満たした場合、「正当な理由」を満足すると考えられる。
そして、本件において、経営の悪化に基づく従業員の大量離職がなければ、相当の商品開発も可能であった、また画像データを蓄積しているなど、本来その商品開発能力もあったのであるから、本件商標の不使用は予見不能な外的理由で引き起こされた事態であり、不使用につき正当な理由があると考えられる。
商標法第50条に言う「正当な理由」について、ある学説は、「特別立法により一定期間当該商標の使用が禁止された場合、商標権者が病気・天災等のため不可抗力により営業をすることができなくなった場合、その他手続きの中断・中止の事由に該当するような事由が発生した場合法人が清算中の期間に使用しなかった場合、為替管理や輸入禁止等国の政策により営業することができなくなった場合、駐留軍の指示により納入品に使用しなかった場合等」(「商標」第3版、網野誠、791頁)を挙げている。
この中の「法人が清算中の期間に使用しなかった場合」については、その他の学説も正当理由ありとするものが大部分で、これに反対するものは見当たらない(昭和24年審判第87号)。
法人が清算中となるのは、解散した場合のみである。清算中の期間の不使用に正当理由を認める右の学説及び審決例のいずれにおいても、解散原因の如何によって結論が異なるとはされていない。したがって、解散した原因が何であれ、解散を原因とする清算中の法人については、すべて正当理由があるとの一般的命題を是認しているものと解釈できる。よって、自らの責めに帰すべき経営危機に瀕した結果、自らの意思(総会の決議)で解散して清算法人となった場合でも、清算期間中の不使用について正当理由があることとなる。その理由は、「解散により清算の目的の範囲内においてのみ存在する状態となり、従って本来の目的たる事業の遂行を限定せざるを得ない制約を受けるに至ったのだから、そのような状態の法人に商標を使用せよ」と要求することが困難を強いるということであろう。清算中の法人といえども本来の目的たる事業の遂行が完全に制約されるのではなく、清算の目的に反しないならば事業の遂行も可能であり、商標の使用は完全に自由であるが、商標を使い得るチャンスが事実上必然的に激減せざるを得ない場合には、その法人に対して商標の使用を要求するのは酷であるから正当理由ありとすべきである。
そうだとすれば、これは、和議開始前の保全処分にも同様は当てはまることであり、当然、同様に正当理由ありとされなければならない。
4. よって判断するに、被請求人は、本件商標をその指定商品について使用していないことは、自白したものと認める。
被請求人は、本件商標をその指定商品について使用しないことについて正当な理由があると主張しているが、被請求人は、経営の不振により、自らの申請により和議開始申立を申請し、保全処分がなされた、その後、和議開始申立を取り下げたものであるが、本件商標をその指定商品について使用する予定を立てていたとする事業は、イベント関連のいわゆる役務に属する事業であって、本件商標の指定商品についての事業とは認められないし、本件商標をその指定商品について使用するために商標登録を受けたものとも認められないものであることは、被請求人代表者自らが自白しているところ、自己の責任において、経営不振に陥ったため本件商標をその指定商品について使用できなかったからといって、それは自己の単なる都合であって、登録商標をその指定商品について使用しないことの正当な理由があるとは認められないものというべきである。
また、被請求人は、本件商標についての取消審判の請求以前の事業においても本件商標の指定商品について取り扱っていることを何ら立証していないものであり、定款に記載があるからといって本件商標の指定商品について事業を行っているものとは認められない。
そして、被請求人は、清算中の法人に対し、商標の使用を求めるのは、酷であるから、不使用について正当な理由があるとすべきと主張しているが、被請求人の挙げる審決例は、大正10年法の時代におけるものであり、しかも、清算前においては当該商標の指定商品について事業を行っている者の事例についてのもので、本件に当てはめるのは適切でない。
さらに、商標登録の取消審判についての制度の目的からは使用していない登録商標の存在が、当該商標と同一又は類似の商標を使用しようと欲する者の妨げとなっているようないわゆる不使用商標を放置するのは公益に反するというべきであって、被請求人は、元々、本件商標の指定商品について何ら事業を行っていないこと明らかであり、本件商標をその指定商品について登録を受ける必要性がみとめられず、保全処分を受けたとしても、清算中でもない被請求人には、本件商標の不使用についての正当な理由が存するとは認められないものである。
してみれば、被請求人は、本件商標をその指定商品について使用していないことについて、商標法第50条第2項ただし書きにいういわゆる「正当な理由」があるものとは認められないものといわざるを得ない。
したがって、本件商標の登録は、商標法第50条の規定により取り消すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年1月28日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
平成6年審判第21806号
審決
東京都品川区北品川6丁目7番35号
請求人 ソニー株式会社
東京都港区赤坂二丁目11番 ATT新館8階 あさひ法律事務所
代理人弁護士 鳥海哲郎
東京都港区赤坂二丁目11番 ATT新館8階 あさひ法律事務所
代理人弁護士 梅野晴一郎
東京都品川区東五反田2-3-3 東五反田AMビル7階 高橋光男国際特許事務所
代理人弁理士 高橋光男
東京都新宿区早稲田鶴巻町540番地
被請求人 株式会社 ジヤパンサイエンスプランニング
東京都中央区銀座2丁目11番8号 第22中央ビル 富田徹男特許事務所
代理人弁理士 富田徹男
東京都品川区五反田1-13-12
代理人弁護士 井上猛
上記当事者間の登録第2367224号商標の登録取消審判事件について、次のとおり審決する。
結論
登録第2367224号商標の登録は、取り消す。
審判費用は、被請求人の負担とする。
理由
1. 本件登録第2367224号商標(以下、「本件商標」という。)は、「COMPU-TAINMENT」の欧文字と「コンピューテインメント」の仮名文字とを二段に横書きしてなり、昭和63年10月18日に登録出願、第26類「印刷物、写真」を指定商品として、平成3年12月25日に設定の登録がなされているものである。
2. 請求人は、結論同旨の審決を求める、と申し立て、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至同第5号証を提出した。
(1)本件商標については専用使用権者、通常使用権者のいずれの登録もなされていない。また、請求人の調査によれば、被請求人が本件審判請求前3年以内に日本国内において本件商標をその指定商品について使用している事実は全く認められない。
よって、本件商標は、商標法第50条第1項の規定に該当し、取り消しを免れない。
(2)なお、請求人の出願した商標「COMPUTAINMENT」(商願平4-154199号)において本件商標を引例とする拒絶理由通知を受け、その後請求人はこれと類似商標「COMPUTAINMENT/コンピューテインメント」(商願平6-121032号)を再度出願中であるから、本件商標を引例とし拒絶を受けることは免れないと判断され、請求人は、本件審判請求につき重大な利害関係を有する。
(3)被請求人は、本件審判の請求の登録前3年以内に日本国内において、本件商標をその指定商品に使用していなかったことを認めている。
(4)しかし、被請求人は、本件商標を使用しなかったことには正当な理由があったと主張している。
商標法第50条第2項但書は、不使用について正当な理由があることを明らかにした場合は、その登録商標は取消を免れることを規定する。
そこで、この正当理由とはいかなる事由を意味するかが先ず問題になる。この点については、「不使用の中にもいろいろの場合が考えられ、特に登録商標の使用をしようとしていた商標権者…がその責めに帰すことができない事由が発生したことのために使用することができなかったに過ぎない場合等のようにその事情がなかったならばその登録商標が使用されていたはずであり、その登録商標の使用がされていたと同視してもよいような特別の事情がある場合も考えられ、このような場合までその登録商標を取り消すことは権利者に酷であるばかりでなく、登録制度の面からも必ずしも適切でないと考えられることによる。したがって、例えば、地震、水害等の不可抗力、放火、破壊等の第三者の故意または過失による事由、法令による禁止等の公権力の発動にかかる事由等がなければ過去3年以内に指定商品…について登録商標の使用がされていたはずであるところ、そのような事由によってその使用が妨げられた場合等がこれにあたると考えられる。しかし、単なる経営不振、商品開発の遅れ、商品の市場性の欠如による不使用は、これには該当しないであろう。」(小野昌延編「注解商標法」(平成6年)734頁参照。)とするのが通説であり、例えば、正当な理由がある場合とは、「商標権者…がその責めに帰すことのできない予見困難な事情によって使用できなかった場合」であるとし、「経営不振、不況、金融引き締め等により製品の開発が遅れ商標の使用ができなかった場合」や「技術的問題、あるいは市場性などの理由から商品化を見合わせている場合」には正当理由が認められないとする(小野昌延「商標法概説」(1989年)275頁参照。)。
(4)被請求人は、正当な理由として和議開始申立事件、保全処分申立事件を挙げているが、被請求人の不使用は、「経営不振…等により製品の開発が遅れ商標の使用ができなかった場合」の一つであり、本件商標不使用について「正当な理由」があった筈がない。平成5年12月28日本件和議開始申立後、同申立が取り下げられた平成6年11月1日まで、被請求人は、「通常の範囲」に属する行為、即ち、商品開発を含む企業活動に当然従事し得たのである。また、保全処分の結果、被請求人が弁済及び借り入れができずに、商品開発に事実上の困難を生じたとしても、それは自らが望んだ結果であり、不可抗力や第三者の故意または過失によるものではなく、本件商標不使用の正当な理由になろう筈がない。
なお、和議に関する被請求人の主張は、平成5年12月28日より平成6年11月1日まで僅々1年弱の期間に関するものに過ぎず、その余の2年強の期間の不使用については、何ら正当な理由を提示するものではない。
したがって、被請求人は自らの責めに帰すべき経営危機に瀕した結果、本件商標を使用できなかったに過ぎないのであり、本件商標の不使用は、不可抗力または第三者による故意過失といった事由に基づくものはなかった。また、被請求人は恰も和議開始申立事件ないしは保全処分申立事件の結果、企業活動、ひいては本件商標の使用が法律上できなかったかのように強弁するが、これは和議法の意図的な曲解ないしは無理解に基づくものと言わざるをえない。
3. 被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする」との審決を求める、と答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至同第6号証を提出した。
(1)本件商標の不使用については認める。
(2)しかし、本件商標の取消審判の請求の登録日は平成6年11月30日であり、その日より3年前の平成3年11月30日より平成6年11月29日までである期間の不使用については、商標法第50条第2項ただし書きの「その登録商標の使用をしていないことについて正当な理由がある」場合に該当し、本件商標は不使用で取消を受けることがない。
この期間の前半においては、被請求人(本件商標権者)は、具体的な新商品開発に基づき、この登録商標を使用する旨計画し、売り込みを行おうとしていたが、この期間の後半、平成5年12月28日に被請求人企業は申立により和議法に基づく裁判所の決定を受け、その請求が取り下げられる平成6年11月1日まで、ほとんど企業活動ができず、本件商標を使用できる状態ではなかったのである。また、同請求の取り下げから本件審判の請求までは僅かに一月足らずであったから、この間に新たに製品開発をして商標を使用することも実質的に不可能であった。
被請求人は、昭和63年以降、東京都などから直接の発注を受けて、各種イベントの調査や製品提供の企業活動を行い、平成2年に北九州市に新日本製鐵からの受注として「スペースワールド」をオープンし、また新日鐵や大塚製薬から各種の受注を受けて好評であった。さらに、東京都による臨海埋め立て地での博覧会開催の決定を受け、東京フロンティア協会の主催による東京都市博覧会が予定されたので、平成4年から同5年にかけて、コンピュータネットやゲームを中心とした「コンピュテイメント」ランドを設計し、同協会に対しそれを売り込む予定を立てた。そしてそのために本件商標を取得した。
しかしこの博覧会は中止され、また、被請求人企業が、その後会社内で紛争が発生し、申立により和議法に基づく資産処分の禁止の決定を受けた(平成5年(モ)第82484号(基本事件平成5年(コ)第31号和議開始申立事件乙第3号証)ため企業として商品開発の作業は不可能となった。この申立は平成6年11月1日に取り下げられたが、この日付は本件審判請求の平成6年11月30日よりほぼ一月前なので、申立の取り下げ以降本件審判請求までの間には、本件商標を使用できる状態にはなっていなかった。以上の経過であるので被請求人は本件商標を使用する予定であったが、それが不可能であった。したがって、本件商標の不使用は商標法第50条第2項ただし書きの「その登録商標の使用をしていないことについて正当な理由がある」場合に該当し、登録商標の取消を受けることはない。
(3)被請求人は、平成5年10月頃に資金繰りが苦しくなり、和議開始申立がなされることになり、それと前後して、従業員が27名中の24名が急に集団退職し、3名になってしまった内紛が生じ、受注している作業すらままならない状態が続いた。
本件商標は、東京都の都市博覧会向けに企画を提案する予定であって、そのために取得したものであるが、開催が危ぶまれ、そのための注文の見込みが薄くなったこと、及び商標権者の企業が和議開始申立後ある程度の業務改善の目途が就いたことから、本件商標を使用する別の計画を立て始めた。本商標権者はすでに多数の画像データを所有しており、人的な余裕ができれば新たな商品開発は可能であったからである。
平成6年11月1日和議開始申立を取り下げ、新しい製品開発を行うこととした。この時期は本件審判請求の前であり、またその後の作業も本件審判請求書の送達(平成7年4月23日前後)前に開始している。ただあくまで事業計画であるのでまだ商標の使用をしていない。
(4)商標法第50条第2項但し書きは、不使用につき単に「正当な理由」とのみ規定されていて、それがどのようなものであるかについての規定はない。したがって、この「正当な理由」には、文言上、経済上・経営上の理由を含むと解される。
a)理由となる経済的・経営的危機について、商標権者、専用使用権者または通常使用権者(以下、商標権者等という。)に故意・過失がないこと。
b)経済的・経営的危機が発生した後で、その商標を使用しようとしても不可能な状況が続き、それに相当の理由があって商標権者等に故意・過失がないこと。
c)商標権者等が法人である場合には、その法人の社長、その他の、事実上経営につき責任を総括する者が上記の点につき故意・過失がないこと。の3要件を満たした場合、「正当な理由」を満足すると考えられる。
そして、本件において、経営の悪化に基づく従業員の大量離職がなければ、相当の商品開発も可能であった、また画像データを蓄積しているなど、本来その商品開発能力もあったのであるから、本件商標の不使用は予見不能な外的理由で引き起こされた事態であり、不使用につき正当な理由があると考えられる。
商標法第50条に言う「正当な理由」について、ある学説は、「特別立法により一定期間当該商標の使用が禁止された場合、商標権者が病気・天災等のため不可抗力により営業をすることができなくなった場合、その他手続きの中断・中止の事由に該当するような事由が発生した場合法人が清算中の期間に使用しなかった場合、為替管理や輸入禁止等国の政策により営業することができなくなった場合、駐留軍の指示により納入品に使用しなかった場合等」(「商標」第3版、網野誠、791頁)を挙げている。
この中の「法人が清算中の期間に使用しなかった場合」については、その他の学説も正当理由ありとするものが大部分で、これに反対するものは見当たらない(昭和24年審判第87号)。
法人が清算中となるのは、解散した場合のみである。清算中の期間の不使用に正当理由を認める右の学説及び審決例のいずれにおいても、解散原因の如何によって結論が異なるとはされていない。したがって、解散した原因が何であれ、解散を原因とする清算中の法人については、すべて正当理由があるとの一般的命題を是認しているものと解釈できる。よって、自らの責めに帰すべき経営危機に瀕した結果、自らの意思(総会の決議)で解散して清算法人となった場合でも、清算期間中の不使用について正当理由があることとなる。その理由は、「解散により清算の目的の範囲内においてのみ存在する状態となり、従って本来の目的たる事業の遂行を限定せざるを得ない制約を受けるに至ったのだから、そのような状態の法人に商標を使用せよ」と要求することが困難を強いるということであろう。清算中の法人といえども本来の目的たる事業の遂行が完全に制約されるのではなく、清算の目的に反しないならば事業の遂行も可能であり、商標の使用は完全に自由であるが、商標を使い得るチャンスが事実上必然的に激減せざるを得ない場合には、その法人に対して商標の使用を要求するのは酷であるから正当理由ありとすべきである。
そうだとすれば、これは、和議開始前の保全処分にも同様に当てはまることであり、当然、同様に正当理由ありとされなければならない。
4. よって判断するに、被請求人は、本件商標をその指定商品について使用していないことは、自白したものと認める。
被請求人は、本件商標をその指定商品について使用しないことについて正当な理由があると主張しているが、被請求人は、経営の不振により、自らの申請により和議開始申立を申請し、保全処分がなされた、その後、和議開始申立を取り下げたものであるが、本件商標をその指定商品について使用する予定を立てていたとする事業は、イベント関連のいわゆる役務に属する事業であって、本件商標の指定商品についての事業とは認められないし、本件商標をその指定商品について使用するために商標登録を受けたものとも認められないものであることは、被請求人代表者自らが自白しているところ、自己の責任において、経営不振に陥ったため本件商標をその指定商品について使用できなかったからといって、それは自己の単なる都合であって、登録商標をその指定商品について使用しないことの正当な理由があるとは認められないものというべきである。
また、被請求人は、本件商標についての取消審判の請求以前の事業においても本件商標の指定商品について取り扱っていることを何ら立証していないものであり、定款に記載があるからといって本件商標の指定商品について事業を行っているものとは認められない。
そして、被請求人は、清算中の法人に対し、商標の使用を求めるのは、酷であるから、不使用について正当な理由があるとすべきと主張しているが、被請求人の挙げる審決例は、大正10年法の時代におけるものであり、しかも、清算前においては当該商標の指定商品について事業を行っている者の事例についてのもので、本件に当てはめるのは適切でない。
さらに、商標登録の取消審判についての制度の目的からは使用していない登録商標の存在が、当該商標と同一又は類似の商標を使用しようと欲する者の妨げとなっているようないわゆる不使用商標を放置するのは公益に反するというべきであって、被請求人は、元々、本件商標の指定商品について何ら事業を行っていないこと明らかであり、本件商標をその指定商品について登録を受ける必要性がみとめられず、保全処分を受けたとしても、清算中でもない被請求人には、本件商標の不使用についての正当な理由が存するとは認められないものである。
してみれば、被請求人は、本件商標をその指定商品について使用していないことについて、商標法第50条第2項ただし書きにいういわゆる「正当な理由」があるものとは認められないものといわざるを得ない。
したがって、本件商標の登録は、商標法第50条の規定により取り消すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年1月28日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)